当院削蹄班による知多半島内で定期削蹄を担当している牧場には蹄が1本しかない牛がいます。
この牛は過去に重度の蹄病と蹄深部感染症(蹄病からの細菌感染が骨や腱、関節にまで及んでしまったもの)によって右後肢外蹄が回復不能な状態になり、当院獣医師の判断で断趾術(麻酔で患肢の末端全体を無痛状態にしてから病蹄をそのやや上からまるごと切断する手術)を行なったことで1本蹄になりました。
蹄病の治癒と回復には全力を尽くしますが、進行具合や重症度によっては完治不能となる症例もあり、それでも何とかその蹄を温存する治療法もあります。しかし、その方法には長期間の治療と長期間の抗生物質投与が必要で、痛みも長引くことが多く跛行も続きます。ということは抗生物質治療期間中は搾乳した乳は廃棄が必要で、痛みとそれによる食欲不振などで乳量も減るため生産性を著しく落としてしまうことも多く、また痛みと跛行が長引くと動物福祉の観点からも好ましくはありません。もちろん温存できればその後の生産寿命は1本蹄になった場合よりも長くなること、1本蹄よりは外見上よいことなどのメリットもあり、それを望む畜主もいます。また蹄を1本切り落とすというセンセーショナルな手術を感覚的に拒否する畜主もいます。
しかし酪農家の典型的な性質として、獣医師を含めた我々技術者には即効的な結果を求めがちであり、どの方法が現時点での生産性を維持できるかという方を重視することが多く、また痛がっている牛を毎日みることに心を痛めるやさしさを持っている人が多いです。その点で言えば断趾術は少なくとも知多半島内の酪農家にとっては希望を叶えられる選択肢ではないかと考えています。
温存する方法の難易度が高いこともあって、温存を選択した場合と断趾術を選択した場合の牛の期間ごとの生存率を比較した過去の研究データでは断趾術を選択した牛の方が長く生き残っていることが示されています。これは断趾術が指1本を切り落とすという牛の解剖学的構造やバランスを失わせること、残りの1本が蹄病になった場合には治療に困難が生じること以上に、24時間痛いし、歩くのも痛いし、歩くだけでなく立ち上がるのもつらいという状態で過ごしていた原因になっていた病蹄が一瞬にしてなくなることで、麻酔が切れた後の強い痛みはあってもその痛みは重症病蹄があったころの痛みよりははるかに小さく、適切に処置をしていれば確実に痛みは軽減していくため、寝起きや食欲は急速に回復して乳量も回復していくことによると考えられます。
切断してしまえば後戻りができないため、現場でのその都度の判断が重症になりますが、切断して元気にしている牛をみるとやってよかったと思います。
デメリットの一つであった「残った蹄が蹄病になったらどうするのか」問題は、軽症のうちに通常の処置をしてファイバーグラスキャスト(骨折の外固定などに使う包帯のように巻いて短時間で固まる医療用材料)で固定することで蹄で負重しなくてよいようにする治療法によって解決しています。